江戸前鮨を代表するネタとして、成魚のコノシロよりコハダの名で知られる出世魚。酢締めの繊細な仕事は、まさに鮨職人の腕の見せどころです。
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コハダはまだまだ出世の途中
コハダ(小肌)は、ニシン目 ニシン科 コノシロ属の「コノシロ」という魚の若魚の呼び名です。
関東では、4~5cmまでの幼魚をシンコ、7~10cmぐらいまでをコハダ、13cm程度をナカズミ、15cm以上の成魚をコノシロと呼びます。鮨一貫に2尾以上使うのがシンコ、コハダは1尾、ナカズミは1/2尾使う、と覚えるのがいいかも知れません(ちなみにコノシロは鮨にはほとんど使われません)。
若魚の呼び名は地方によっても様々で、ツナシ(関西地方)、ハビロ(佐賀県)、ドロクイ、ジャコ(高知県)などとも呼ばれます。
鮨はコハダに止めをさす
「江戸前鮨は小肌に止めをさす」と言われ、通人の間では、味の濃いコハダは最後の締めに食べるものとされています。特に稚魚であるシンコは、江戸前鮨の華です。
東京では、初物のシンコには極上マグロに匹敵する数万円/kgの値がつきます。シンコの握りは一貫数百円が相場で魚の原価も賄えないほどですが、それでも江戸前の鮨屋は、プライドにかけて初物の新子を競り落とします。これは「女房を質に入れても初鰹」と言われた江戸っ子の、「初モノ」に対する見栄と熱狂の名残なのかもしれません。
身が小さなシンコを捌くのは、手間のかかる仕事です。指の先ほどの大きさのシンコを握り一貫に通常2尾、走りの時期には8尾づけだ10尾づけだなどと技量を競います。また、仕込みで味が大きく変わることから、コハダの塩加減、酢締めの加減は鮨職人の腕の見せ所で、その鮨屋の看板にかかわるとされてきました。
縁起がいいのか不吉なのか?よくわからないコノシロ
コノシロの語源は、江戸時代、飯の代わりになるほど大量に獲れた事に由来したと言われています。つまり「飯(コ)」の「代(シロ)」です。
武家の文化では、コノシロは縁起が悪い食べ物の筆頭とされてきました。コノシロを食うは「この城を食う」とされ、禁止令まであったとか。切腹前の最後の食事は、コノシロの塩焼だったとも言われています。そこで付いた名前が「切腹魚」。また、傷むとすぐに腹が切れるからと「腹切魚」とも言われました。縁起の悪いことこの上ありません。
一方で、縁起の良い話も数々あります。
一説には、子どもの健康を祈って埋めた風習から、「児の代」がコノシロの語源だともいいます。
また凄まじいのは「娘の代」語源説です。昔、長者の美人のひとり娘を国司が召し上げようとしたが、娘には恋人が居たので、親はコノシロを焼き「娘は病死した」と偽り、国司は本当だと納得して諦めた(コノシロを焼くと死人を焼く臭いがするらしい)、という言い伝えです。
また現代でも、酢締めに粟をまぶしたコハダ(実際はナカズミ~コノシロを使う)の粟漬けは、祝い事や正月のおせち料理に欠かせない料理です。子孫繁栄を祈願した「子の代」とも、出世魚なので来る年の出世を願うとも言われています。
【出典】朝日新聞ディジタル& 2017年の縁起物パート1 コハダの粟漬け
シンコの旬は初夏にシフト、コハダは残暑の味わい
コノシロは、プランクトン、小型の甲殻類、珪藻などを食べ、日本では、東北地方南部以南の西太平洋、日本海南部、東シナ海、南シナ海北部の比較的内湾や汽水域に定着します。産卵期は初春から初夏。直径1.5mm程度の浮遊卵は数日で孵化し、初夏には4cm前後のシンコの漁獲が始まり、7~8月頃まで続きます。コハダはその後の9月頃までです。
シンコの初荷は、昭和の終わり頃から時期が早まり、近年では6月に初荷を迎えるのが普通になりました。かつてシンコの初モノといえば8月の残暑の季節であったのが、今では梅雨の終わりに前倒しになり、その代り、かつてのシンコの旬は、コハダが出回る時期になっています。これは、海水表面温度の上昇による産卵時期の早期化、そして初物を求めるために、産まれて間もない極小の稚魚のシンコまで漁獲するのが原因です。
一方、成長したコノシロはほぼ通年水揚げされますが、晩秋から冬にかけて脂がのって旨いとされています。寿命は3年ほどで全長30cmほどまで成長するコノシロは、皮が硬く小骨が多くなるので、東京では鮨ネタとしてはほとんど使用されません。しかし身自体の旨みが濃いので、焼き魚や煮つけで食べられることが多いです。ちなみにこの頃になると、卸値は数百円/kgまで下落します。出世にしたがって値が下がるコノシロは、やっぱりちょっと変な魚ですね。
実は食べ方いろいろ
蛋白質、DHA・EPAなどの多価不飽和脂肪酸、ビタミンB2、B12、D、E、鉄や銅などのミネラルを豊富に含有し、また小骨が多くカルシウムに富んだコノシロは、様々な調理法があります。
シンコ~コハダ~ナカズミの握り鮨
最も知られた食べ方です。青魚特有の旨みが酢と抜群に相性がいいので、一般に酢締めにされて鮨ダネになります。江戸前鮨の夏の味覚の決定版です。ああ旨そう。
粟漬け
酢締めに粟をまぶしたものを「粟漬け」といいます。「小肌の粟漬け」として販売されているものが多いですが、実際にはナカズミとコノシロを使用します。関東では正月の膳物に出される祝い魚です。
コノシロも鮨で
東京以外では、コノシロも鮨ネタとされています。九州(有明や八代海沿岸周辺)では、背開きしたコノシロに酢飯を詰めた姿寿司が年間を通じて食べられています。また大阪のバッテラ寿司は、当初はコノシロの寿司でした。和歌山県御坊市では、熟れ寿司にされます。
コノシロの焼きモノ
関西では、コノシロを塩焼きで食べます。香川県には、内臓を取ったコノシロを開いて骨切りし味噌を挟んで焼いた「味噌焼き」があります。ちなみに、コノシロの骨切りは、皮目側から包丁を入れます。
また、晩春から夏にかけて卵を抱いたコノシロを、肝と一緒に煮つけにすると、大変結構な味わいです。