アズキ色した国産マダコの刺身は、身が締まって弾力があり、噛めば噛むほど甘みが出ます。日本のタコの消費量は世界の6割と、圧倒的です。悪魔の魚として、姿を見ることさえ忌み嫌う民族が多い中、昔からマダコの旨さを認め、食べ継いできた日本の食文化は、他に例を見ません。
目次
古典にも描かれるマダコの旨さ
日本人の蛸食の歴史は大変古く、弥生時代の遺跡から、蛸壺と思われる土器が出土しており、その頃には既に蛸が食べられていたのではないかと考えられています。
仮名手本忠臣蔵には、裏切り者の斧九太夫が大星由良之助の本心を試そうと、主君の逮夜であることを承知で蛸の足を勧める場面があります。由良助は「手を出して、足を戴く蛸肴(たこざかな)」と言って平然と喰うのですが、この七段目「蛸肴(たこざかな)」は忠臣蔵でもハイライトのひとつです。烏賊如何に蛸が、日本人にとってのご馳走だったかがよくわかるエピソードですね。
一方、蛸を食べるのは世界的に見ると少数派で、日本の他、韓国、スペイン、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャなどです。他の殆どの地域では、蛸はデビル・フィッシュ(悪魔の魚)と呼ばれ、食べるどころか、姿を見ることさえ忌み嫌われる存在です。この理由は諸説ありますが、旧約聖書の中の「水の中にいてヒレや鱗のないものは、すべて汚らわしいものである」という記述から欧米各国の宗教的禁忌事項になった、という説が一般的です。
夜行性の賢い軟体動物
腕を含めた体長は約60cm。腕は胴体(いわゆる「頭」)の2.5~3倍の長さがあります。体表は低い突起が密生し、さらに皮膚には色素細胞がくまなく分布し、周囲の環境に合わせて岩石や海藻によく擬態します。危険を感じると墨を吐いて敵の視覚や嗅覚をくらまたり、腕を自切する(欠けた腕はしばらくすると元通りに再生)など、無脊椎動物の中では特に知能の高い種です。
海の中で活発に動きまわるには大量の酸素の供給が必要ですが、エラへの血液の出し入れを効率よくするため、エラの根元に小さなポンプ(エラ心臓)を備えています。つまり、左右2つの器官と本来の心臓と合わせ、心臓が3個あることになります。
浅い海の岩礁やサンゴ礁に棲息しますが、外洋に面した海域に多く内湾には少ないです。昼は海底の岩穴や岩の割れ目にひそみ、夜に活動して甲殻類や二枚貝を食べます。腕で獲物を絡め捕り、毒性を含む唾液を注入して獲物を麻痺させ、腕の吸盤で硬い殻もこじ開けて食べます。ヒトに対しても毒性を発揮し、咬まれた場合相当な期間、痛みが続くことがあります。
繁殖期は春から初夏で、交尾したメスは岩陰に潜み、長径2.5mmほどの楕円形の卵を数万~十数万個も産みます。卵は房状にかたまり、フジの花のように見えることから海藤花(かいとうげ)とも呼ばれます。メスは孵化するまで餌を摂らずに卵の下に留まり、卵の世話をします。卵は1ヶ月ほどで孵化しますが、メスは孵化を見届けた直後にほとんど死んでしまいます。子ダコは海流に乗って分布を広げますが、この間に多くが他の生物に捕食されます。海底に定着した後は2-3年ほどで急激に成長し、繁殖して寿命を終えます。
たくさんとれるのは夏、味のいいのは冬
カニ等を餌とした釣りは、初夏〜冬がシーズン。漁としては、物陰にひそむ性質を利用した「蛸壺」(たこつぼ)漁法が主流です。旬の定義は難しいのですが、たくさんとれるのは夏、味がいいのは冬と言っていいでしょう。瀬戸内海・九州の夏ダコは6~7月が最盛期、千葉以北の冬ダコは11~12月の漁獲が多くなります。食べ頃、というと11月~1月ですね。
マダコの完全養殖の技術構築に成功
これまでタコ類の養殖技術は確立されていませんでした。しかし、ニッスイ中央研究所大分海洋研究センターでは、極めて困難なマダコの完全養殖に成功しました。
日本水産2017年6月9日プレスリリース(抜粋引用)
タコ類は非常に身近な水産物ですが、流通するもの全てが天然の漁獲物です。マダコを養殖する場合、浮遊幼生が着底できずに死滅してしまうことが多く、養殖の技術は確立されていませんでした。ニッスイ中央研究所大分海洋研究センターでは、2015年、稚ダコの人工種苗の生産に成功し、2016年4月に孵化した成魚由来の卵が2017年4月に孵化して数万尾のマダコ幼生が得られ、極めて困難とされるマダコの完全養殖に成功しました。
旨い国産マダコの旨さのヒミツ
マダコの旨さは、大量に含まれるタウリン、甘みを感じさせるグリシン、ベタインなどの栄養素、筋肉のもつ食感の良さ、独特の豆類を思わせる香りなどに起因します。マダコが生で食べられることは希です。またこの旨味は生よりもゆでたり焼いたりして強くなるので、浜で煮ダコ(ゆで)に加工されて流通することがほとんどです。
年間7~10万t流通するタコ類の、半分以上がアフリカ大西洋岸諸国等からの輸入モノです。一時モロッコからの輸入モノが日本での消費量の4割を占めていましたが、乱獲のため漁獲量が減少し、2003年から年間8ヶ月程度の禁漁規制が続けられています。最近の輸入モノは、モーリタニア産が殆どです。国産では、瀬戸内海の明石沖でとれる「あかしだこ」が珍重されています。国産は旨みが断然深く、また食感も最高です。但し、流通価格もアフリカからの輸入物とは比べ物にならないほどお高いのが現状です。国産のマダコは、茹でると濃いアズキ色になります。一方、アフリカからの輸入物は薄いピンク色です。直ぐに見分けられますので、買う時は意識するといいと思います。
【国産のマダコ】
【モーリタニア産のマダコ】
調理法は、茹でダコ、刺身、柔らか煮、たこ焼きなど様々
刺身、たこぶつ、酢の物
一般には、全ての調理が煮ダコ(ゆで)から始まります。これを食べやすく薄く切ったものを刺身と呼び、足の先端などをランダムに分厚く切ると「ぶつ(たこぶつ)」です。そのまま食べても旨いですが、酢の物やマリネにしても結構です。
ちなみに、水揚げ港の近傍、兵庫県、大阪府などでは生食の刺身もあるようですが、旨味よりも食感を楽しむもののようです。
煮込み
トマトと煮込むと、トマトのグルタミン酸と甘みの相乗効果で旨みが強くなります。
また、煮ると硬くなりますが、長時間ゆっくり熱を通すことで柔らかくなります。これを「柔らか煮」とか「桜煮」(醤油を使うとちょうど桜の樹皮を思わせる色合いになるため)といいます。
たこ飯
干しダコを水で戻して、昆布出汁と一緒に炊き込みご飯にします。マダコの旨さが米と一体となって、ご馳走飯です。
【番外】マダコ以外のタコたちもまとめておこう
ミズダコ
ミズダコは、マダコと並んで消費の多い種ですが、マダコに比べ肉質が柔らかく、水っぽいのが特徴です。世界最大のタコで、味もマダコに比べると「大味」です。居酒屋の突き出しに出てくる「たこわさび」や「酢ダコ」の原料の他、生刺身やたこしゃぶ用としても使われます。
マダコとミズダコの違いの見分け方が、以下のページに詳しいので参考にしてください。
イイダコ
最大でも20~30cmほどの小型のタコ。塩で揉み洗いしてから塩茹でし、丸ごとおでん種などに調理されることが多いです。写真はアヒージョですね。
ヤナギダコの「たこまんま」
北海道ではタコの卵を食べますが、多くはヤナギダコの子です。マダコ同様「海藤花(かいとうげ)」という呼び名の他、米粒に似ることから「たこまんま」とも呼ばれるこの卵は、ほとんど地元で消費してしまい、あまり他地域では流通しません。私はすすきのの居酒屋で食しましたが、白子のような卵黄のような、魚卵の中でも群を抜くねっとりとした濃厚な旨みで、絶品でした。